79 「祈るんだよ、願ってるだけじゃダメ」

「幕が上がる」(平田オリザ講談社、2012年)

 新任の先生と転校生。

 ふたりの登場によって、さおりたち演劇部員を乗せた汽車は、乳白色の路を走り出した。

 「これはまるで『演劇修行』、それでいて青春小説」という、俳優・堺雅人の推薦文に、いつわりはない。

 演劇は、「リアルとフィクションの境目」だと言う顧問の言葉。

 演技とは、相手がキャッチしてくれると信じて、ぎりぎりのところにパスを出すこと、と部長のさおり。

 豹が獲物を狙うがごとく、母が遊ぶ我が子を見守るがごとく、舞台袖に立つ部員。

 これは、おなじく著者の近著、「わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か」の実写版と言ってよいかも知れない。

 演劇とは、バラバラな人間が、バラバラでありながら、いくらかでも理解しあっていくこと、と顧問は良く口にし、わたしたちは、どこまでも行けるけど、それゆえに、どこにもたどり着けないから、不安であり、それこそが現実だ、とさおりは気づき、さおりは顧問のことを許さないけど、恨まない、憎まないと言う。

 最後の三十頁。電車の中なのに、こみあげてきた。

 マスクをしていたから、泣かない自分を演じることができた。