55 「これは殺人じゃないか」

「プロメテウスの罠 明かされなかった福島原発事故の真実」(朝日新聞特別報道部、学研、2012年3月26日)

 「地域が消滅してしまう」。福島第一原発から30km圏内の区長さんが、無人となった地区を車で走りながら、悔しさをあらわに叫ぶ。

 ガスマスクをした白い防護服の男たちは「逃げろ」と教えてくれた。けれども、東電社員や警官たちは何も言わなかった。

 「これは殺人じゃないか」と抗議する町長。緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)が放射線飛散を予測しており、福島県も知っていたのに、その町には知らされていなかった。

 「研究成果は住民のもの」、だから、深刻な放射線測定値が出ても住民に知らせ、その意味を説明すべきだという信念をもつ科学者もいる。

 けれども、研究機関は国の意向で「情報は、たとえ住民のためになることでも職務上の秘密だ、出すな」と言う。

 官僚はSPEEDIの存在をなぜか官邸に知らせなかった。(「SPEEDIがあるか」と聞かれなかったから告げなかった、ということか)。官邸はその存在と知り、放射線飛散予測図を手にしたのちも公開しなかった。

 人が死ぬ、という時でさえも、官僚も政治も企業も、百パーセントの必死にはならないのか。

 3月11日からの数日間、地域、官邸、官僚、国の研究機関、東電に何が起こっていたのか、それがいかに噛み合っていなかったかが、よく伝わってくる。真実とは程遠い事実の一部にすぎないとは思うが、これまで知らなかった当時の状況を多く教えられた。