10 「金と土地の使い方」

「黄金の騎士団」 井上ひさし

 親とわかれて乳児のころから「聖母の騎士園」で生きてきた子どもたちが、数百億円のお金をいのちがけで手に入れ、買おうとしたものは、とある村でした。彼らはそこに日本版ベンポスタを築こうとしていたのです。

 つぶれかかりそうな園とまだ残っている児童を支えようと、そこ出身の青年がやってきますが、子どもたちはすでに青年の及びもつかない地点にまで至っていました。彼らは自分の足で歩けるのです。そして、早老症末期で病院のベットに横たわる少年は文字通り体を張って先物取引相場を予想しますが、その方法には目頭が熱くなりました。

 1988年から新聞に連載され翌年に中断されたままの「未完の遺作」です。金がいくらでも出回ったバブル経済、地上げの横行、リゾート「開発」による自然や村の破壊。それから、二十年間、井上ひさしはなぜこれを完成させなかったのでしょうか。

 金や土地は何のために使うべきなのか、町はどうやって作るべきなのか。東北で生まれ育ち、東北を書き、たしかに宮澤賢治の弟子の一人である井上ひさしなら、今、何を構想するでしょうか。

 ユートピアとならんで、「子どもたち」の悲しみと笑みも井上ひさしさんの大きなテーマかもしれません。パゾリーニ監督によるイエス伝、映画「奇跡の丘」がそうであるように。

 金や土地の使い方なら子どもたちの方が知っている、そして、神の国の中身も作り方も。井上さんはこう言いたかったのかもしれません。遠藤周作はイエスを日本語話者にあうように意識的に描き直したと言いますが、井上ひさし神の国をそうしたのかもしれません。そこにはキリスト教をわかりやすく広めようという意図などではなく、神の国を求めた二千年前のガリラヤ庶民の祈りと東北人井上さんの見果てぬ夢が重なっているということでしょう。

 井上ひさし作品における聖書モチーフについての本格的な研究を誰か始めてくれないでしょうか。