「土地は神に属するという思想の背景にはどのような発想が隠れているのでしょうか。それは古代イスラエルの人たちが自分たちの先祖を羊飼いと考えたことと無関係ではなかろう、と私は思います」(p.56)。
土地は神のものであるという旧約聖書の思想には大きな魅力を感じていましたが、それを「羊飼い」と関連付ける考えを、ぼくはこれまで知りませんでした。なるほど、こういうふうにも考えられるのだ、と思いました。
「柵で囲った牧場を作っても無意味」「羊を飼う、山羊を飼うということは一か所ではなくて、広い土地を動くのです・・・ここは自分の土地だと所有権を主張しても意味がない。重要なことは、土地を利用できる、利用させてもらえる、草がある時に羊や山羊に草を食ませることができるということです。土地は所有するものではなく、使わせてもらうものである」(p.57)。
これを読み返して、後から出てくる「寄留者」ともつながるように思いました。
「モーセの社会法がイスラエルの民に孤児と寡婦の保護を命じ、預言者イザヤがそれを同胞に要請する背後には、イスラエルが成立する千年以上も前から古代西アジアに伝わるこうした伝統が横たわっていました。もし、旧約聖書の保護規定に独自性が認められるとすれば、それが王の正義の象徴としてではなく、律法として位置づけられたことです。西アジアにおける孤児と寡婦の保護が王の正義を象徴したのとは異なり、旧約聖書のそれは神から与えられた律法、すなわち、イスラエルの民全員が守らなければならない掟とされたのです」(p.67)。
「「孤児と寡婦」の保護が古代西アジアの伝統を受け継ぐとすれば、「寄留者」の保護は旧約聖書独自の社会法であったといってよいでしょう」(p.68)。
「孤児、寡婦、寄留者」と、ぼくたちは三拍子で言うことが多いのですが、「孤児、寡婦」保護と「寄留者」保護には、それぞれの背景があったのですね。
では、どのようにして、両者が結び付けられたのでしょうか。
「申命記法が「孤児と寡婦」と「寄留者」の保護を一つにまとめえたのは、これら三者がいずれも土地を所有せず、家族からの支援も得られない存在であったからです。申命記法はこれら三者の保護規定を「エジプトの奴隷からの解放」の民族伝承をもって基礎づけました」(p.72)。
ここにも、土地の問題が出てきますね。言い換えると、「土地は神のもの」という考えが孤児、寡婦、寄留者の保護とゆるやかにつながっているように思えます。
「ローマ皇帝を神さまとして拝むように、という命令が出されました。それが一二月二五日ごろだったのです・・・ローマ皇帝もそのような「不滅の太陽」なのだといって、冬至の日に皇帝を崇拝することがひろまったのです。
それに対して、イエスさまこそはほんとうの救い主である、と信じたキリスト教徒たちは、皇帝が「不滅の太陽」なのではない、自分たちの「不滅の太陽」はイエスさまである、と考えました」(p.111)。
イエスの誕生が冬至と結びつけられたという話は聞いていましたが、ローマ皇帝への抵抗がここにも絡んでいることは知りませんでした。大事なことだと思います。
「神の被造物である人間は、目に見える世界を通して神を感知することはできても、それが神と出会う体験となるわけではありません(p.137)。
ぼくはこれに気づいていませんでした。自然や文化、世界を通して神を感知することに、ぼくは、ここ数年、大きな関心を持ってきましたが、「神の感知」と「神との出会い」を区別していませんでした。同じだと思っていました。じつは、本書の題名にも「神の感知」を感知していたのです。
しかし、月本さんはこう言います。「私たちは自然を前にして目に見えない存在を感じ取ることができます。また、目に見えない世界を目に見える形にして表すこともあります。しかし、それだけでは神と出会うことになりません。心を神に向けたとき、私たちは心において神と出会うのです」(p.138)。
「神と出会う場が「清い心」であるということは、神との出会いは人の「心」を清めると言い変えることができます・・・イエス・キリストをとおして神との出会いに導かれ、罪を赦され、義とされる信仰を与えられた人は、なによりも、「心」が清められ「良心」が正されたのです。「心」の変革が起こったのです」(p.143)。
神谷美恵子さんへの荒井英子さんの批判についての月本さんの神谷さん寄りの見解や、内村鑑三のいくつか思想への賛同などには、ぼくには賛成できないところもありました。
けれども、尹東柱の引用には共感しますし、島秋人を語るところは、読みながら涙がこぼれました。これまでに、本を読んで泣いたことがあるかどうか、思い出せません。